三遊亭圓福

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三遊亭 圓福(さんゆうてい えんぷく、1967年(昭和42 年)3月8日 - )福島県磐梯町出身の落語家。
円楽一門会所属。本名は大塚 信。出囃子は『ぎっちょんちょん』。
会津出身の落語家としては史上初めての真打(福島県内で二人目)お江戸両国亭を拠点に活躍中。

新作落語派。ジャケットにギター姿で高座に上がっていた事もある。

略歴
* 1994 年3月 - 春風亭柳昇入門。
* 1997 年5月 - 5代目三遊亭圓楽入門し福楽。
* 2000 年10月 - 二ッ目に昇進。
* 2008 年3月 - 真打昇進し圓福に改名。

会津出身で、落語の真打ちになった人っていなかったんだ…

林家正蔵

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九代目 林家正蔵(はやしや しょうぞう、本名:海老名 泰孝〈えびな やすたか〉、1962年12月1日 - )は、東京都台東区根岸出身の落語家。タレント、声優、大学教員。

血液型A型。東京都立竹台高等学校卒業。
出囃子は『あやめ浴衣』。前名は林家こぶ平。


初代林家三平と海老名香葉子の長男。
実姉は、タレントの海老名美どりとシンガーソングライターの泰葉で、
実弟は落語家2代目林家三平。義兄は俳優の峰竜太(美どりの夫)。祖父は7代目林家正蔵。
伯父は釣竿職人の中根喜三郎(母・香葉子の兄)。下嶋兄は甥。
正蔵の実の子も噺家として正蔵に弟子入りしている。

なお、後見人として、泰葉の元夫で落語家の春風亭小朝がいる。

多くのバラエティ番組やラジオ、CMにも出演しています。
それにしても有名人ばかりの家族構成ですね・・・

三遊亭圓楽

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5代目三遊亭 圓楽(さんゆうてい えんらく、1932年12月29日(戸籍上は1933年1月3日) - 2009年10月29日、本名:吉河 寛海(よしかわ ひろうみ))は、東京府東京市浅草区(現:東京都台東区)出身の円楽一門会総帥・最高顧問。落語家。

実家は浄土宗の寺院(日照山不退寺易行院。通称:助六寺)。
現役時の芸能事務所の所属は星企画→若竹カンパニー。
なお、若竹カンパニーは、自身の長男が代表取締役を務める個人事務所。

生家である易行院はかつて浅草の清川町にあったが、後に足立区伊興(現在の住所上は東伊興、最寄駅は東武伊勢崎線竹の塚駅)に移転しており、圓楽自身も長くこの地に住んでいた。
埼玉県立杉戸農業高等学校卒業。血液型はAB型。かつて演芸番組『笑点』(日本テレビ)の大喜利メンバー・司会者を務めていたことで知られる。身長177cmと長身。

若い頃は「星の王子さま」の愛称で親しまれ、端整な顔立ちと博識振りで1960年代の演芸ブームの際脚光を浴びた。7代目立川談志、3代目古今亭志ん朝、5代目春風亭柳朝(柳朝没後は8代目橘家圓蔵)と共に「四天王」と呼ばれた。出囃子は『元禄花見踊り』。


おそらく笑点を見るきっかけは圓楽師匠見たさだったかもしれません・・・。
何十年に一人といわれるくらいの人だったかと思います。
ご冥福をお祈りいたします。

林家たい平

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林家 たい平(はやしや たいへい、 本名:田鹿 明(たじか あきら)、1964年12月6日 - )は、落語家。
埼玉県秩父市出身。林家こん平の弟子。
落語協会所属、所属事務所は株式会社オフィスビーワン。血液型はB型。
人気演芸番組『笑点』(日本テレビ)の大喜利メンバーである。

出囃子は「ぎっちょ」。

愛称は、たいちゃん。

なんとなく、TIMのゴルゴ松本に似ている・・・
さすがに「命」はやらないんだろうけど。
実は恐妻家なんだとか。

三遊亭愛楽

三遊亭 愛楽(さんゆうてい あいらく 1969年11月8日 - )は、愛知県岡崎市出身の落語家。円楽一門会所属。本名、藤谷哲郎。


圓楽一門の三遊亭好楽からは、「愛ちゃん」と呼ばれている。

平成名物TVヨタローでは三遊亭好太郎、三遊亭優(現・三遊亭楽春)ら円楽一門会で結成したトリオ「円楽ヤングバンブーズ」で登場。愛楽はオカマキャラや「何故にー!」「ポロリンコー」「ビビデバビデブー」等のギャグで好評を博す。

板橋区立中根橋小学校でPTA会長を務めたことがある(2006年度)。

以前競輪番組を担当していた際には予想がまるで当たらず、一方では噺家らしく女性キャスターが番組を卒業する際に泣かせるのが上手かったため、一部からは「泣かせ上手の車券下手」と呼ばれていた。

愛知の生まれのため「愛楽」と名付けられた。


笑点のアシスタントとして名前を知っている方も多いはず。
日テレプラスが見れないので、「笑点Jr.」が見れないのが残念。

春風亭正朝

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春風亭 正朝(しゅんぷうてい しょうちょう、1953年1月12日 - )は、山口県防府市出身の落語家。落語協会所属。本名は、藤原 義和(ふじわら よしかず)。

1975年(昭和50年)明治学院大学文学部フランス文学科4年の時に、5代目春風亭柳朝に入門。1980年(昭和55年)二つ目昇進。1982年(昭和57年)12月師匠柳朝が脳梗塞に倒れる。1984年(昭和59年)に「五夜連続独演会」の定期開催で一気に評価を上げ、二つ目のコンクールを総なめにし、賞取り男の異名をとる。1985年(昭和60年)先輩10人を抜いて真打に昇進。1991年(平成3年)2月7日師匠柳朝死去。

得意演目は、祇園祭、井戸の茶碗、芝浜、文七元結、目黒の秋刀魚、宗論 など。

趣味は、サッカー、ゴルフ、フランス語会話。1990年落語協会サッカーチーム「落語協会FCマンダラーズ」を結成。監督兼キャプテン兼エースストライカーとして活躍中。芸能人サッカーチーム「ザ・ミイラ」でも活躍。
サッカー関係の交友も広く、また斯界での仕事も精力的にこなしている。


サッカーのチーム名が面白い。


こういうのもさすが落語家、というところなんでしょうか?


監督兼エースストライカーということは、プレイングマネジャーみたいな感じなのでしょうか?

山田隆夫

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山田 隆夫(やまだ たかお、1956年8月23日- )は日本のタレント、歌手、映画俳優、落語家、プロボクサー(四回戦)。東京都江東区深川出身。日本大学豊山高等学校卒。血液型O型。5代目鈴々舎馬風門下で高座名は鈴々舎鈴丸(れいれいしゃ すずまる)。

大喜利の座布団運び役として有名。

年齢的にはベテランながらいつまでも下働き的な役目をしていることから、後輩から指示されたり馬鹿にされたりしてそれに反発するキャラクターを務めている。なお芸歴上は桂歌丸、林家こん平、林家木久扇、三遊亭好楽以外は後輩にあたる。

最も仲の良いメンバーは8歳年下であるたい平ともいわれる。実際、2006年1月1日の『大笑点』での50kmマラソンのゴール後、笑点メンバーで唯一泣いていたのはたい平であり、2人はお互いに抱き合った。

笑点メンバーは基本的に山田より年下の昇太・たい平を除いて全員「山田」と呼び捨てである。が、好楽・小遊三が司会をやった時は2人とも山田のことを「隆夫ちゃん」と呼んでいた。また、昇太とたい平が司会をやったときは共に「山田さん」と呼んでいた。


山田隆夫さんといえば、やっぱり「座布団持ってきてー」と「座布団持ってってー」ですよね。


落語以外にもマルチに活躍されているそうです。

林家木久扇

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林家 木久扇(はやしや きくおう)、1937年(昭和12年)10月19日 - )は、落語家。旧名は初代林家木久蔵(はやしや きくぞう)。本名豊田 洋(とよた ひろし)。血液型A型。出囃子は『宮さん宮さん』。愛称は木久ちゃん。


答えられないのに手を挙げたり、

漢字を書かなかったりとけっこうお馬鹿キャラなのですが、

やっぱり面白い!

三遊亭 小遊三

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三遊亭 小遊三(さんゆうてい こゆうざ、1947年(昭和22年)3月2日 -)は、落語芸術協会所属の落語家(同協会副会長)。本名は天野 幸夫(あまの ゆきお)。山梨県大月市出身(神奈川県横浜市生まれ)、都留高校-明治大学経営学部卒。練馬区在住。出囃子は『ボタンとリボン』(或いは『春はうれしや』)。古典落語専門で、長屋ものを得意としている。


『笑点』でのイメージが強いが、漫才ブームの際に売り出した数少ない落語家の一人。『らくご in 六本木』や『オレたちひょうきん族』など幾つかのテレビ番組に出演しては存在感を示していた。『笑点』はその実績が買われて起用されたものである。


頭の大きさが大きいため、被り物が抜けない、被れないというハプニングが起きやすい。

頭頂部が薄くなっていることから「ハゲカケ王子」と呼ばれることが増えている。

桂 歌丸

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桂 歌丸(かつら うたまる、1936年8月14日 - )は、落語家。位階勲等は旭日小綬章。本名は椎名 巌(しいな いわお)。神奈川県横浜市南区真金町の出身・在住(最寄駅は横浜市営地下鉄ブルーラインの阪東橋駅)。社団法人落語芸術協会現会長。横浜橋通商店街名誉顧問。出囃子は『大漁節』。当初は新作落語中心だったが、現在は、廃れてしまった落語の演目の発掘や、三遊亭圓朝作品など古典落語に重点を置き、活動をしている。



演芸番組『笑点』(日本テレビ)の放送開始から大喜利のメンバーとして活躍、現在では同番組の5代目司会者を務める。



笑点では楽太郎さんとの掛け合いが面白いです。

いいキャラしてます。

いまや司会者ですし・・・!