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春風亭 アーカイブ

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春風亭小朝

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春風亭 小朝(しゅんぷうてい こあさ、1955年3月6日 - )は、日本の落語家、俳優。本名は花岡 宏行(はなおか ひろゆき)。東京都北区出身。東京電機大学高等学校卒業。前座名は春風亭 小あさ(読み同じ)。出囃子は『さわぎ』。キャッチフレーズは『横丁の若様』。社団法人落語協会理事(2001-2006年まで)。



芸能事務所春々堂(はるはるどう)を経営し、自らのマネージメントもそこで行っている。以前はオフィスてるてる(師・5代目春風亭柳朝の会社)所属。


デビュー前から落語界のトップになると期待された逸材で、非常に早い段階で高い知名度、富と名声を得た。落語界で唯一、日本武道館で単独公演を行った。東京歌舞伎座での単独公演も行っている。



また、舞台俳優として、大会場での1か月単位の商業演劇で座長を務めた。

この経験のある落語家は存命者では小朝のほかに一人だけしかいない。



1980年5月

真打昇進。36人抜きで話題となる。この記録は2008年現在未だ破られていない。抜いた中には兄弟子春風亭一朝ら、現落語協会幹部役員6人(うち常任理事4人)も含まれる。他にも、師匠柳朝の弟弟子林家九蔵(現三遊亭好楽)、林家上蔵(現3代目桂藤兵衛)よりも先に真打昇進となった。



小朝師匠のブログは面白いです(笑)

大喜利が特に・・・↓↓↓



春風亭小朝のブログ


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春風亭正朝

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春風亭 正朝(しゅんぷうてい しょうちょう、1953年1月12日 - )は、山口県防府市出身の落語家。落語協会所属。本名は、藤原 義和(ふじわら よしかず)。

1975年(昭和50年)明治学院大学文学部フランス文学科4年の時に、5代目春風亭柳朝に入門。1980年(昭和55年)二つ目昇進。1982年(昭和57年)12月師匠柳朝が脳梗塞に倒れる。1984年(昭和59年)に「五夜連続独演会」の定期開催で一気に評価を上げ、二つ目のコンクールを総なめにし、賞取り男の異名をとる。1985年(昭和60年)先輩10人を抜いて真打に昇進。1991年(平成3年)2月7日師匠柳朝死去。

得意演目は、祇園祭、井戸の茶碗、芝浜、文七元結、目黒の秋刀魚、宗論 など。

趣味は、サッカー、ゴルフ、フランス語会話。1990年落語協会サッカーチーム「落語協会FCマンダラーズ」を結成。監督兼キャプテン兼エースストライカーとして活躍中。芸能人サッカーチーム「ザ・ミイラ」でも活躍。
サッカー関係の交友も広く、また斯界での仕事も精力的にこなしている。


サッカーのチーム名が面白い。


こういうのもさすが落語家、というところなんでしょうか?


監督兼エースストライカーということは、プレイングマネジャーみたいな感じなのでしょうか?